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第十話 因縁の対決①(side:幸恵)

Author: 柳アトム
last update Last Updated: 2025-07-21 04:13:44
「わ、私を許さないって、どういうことですかっ? 意味がわかんないんですけどっ?

 ほんとにもう、幸恵部長は相変わらずですね。久しぶりに会ったっていうのに昔の鬼部長のままじゃないですか」

「私だって好きで鬼部長に戻ったんじゃないわよっ! あなたが充希を悲しませるからいけないんじゃないっ! 自業自得よっ!」

「私が充希を悲しませる? はぁ? そんなことをした覚えはありませんけど? 幸恵部長、言いがかりは止めてください。いくら幸恵部長でも失礼ですよ」

「失礼はどっちよ! 彩寧っ! なんであなたが宗司の会社に入社してるのよっ! あなたと宗司の交際は終わったでしょ! 未練がましく会社に入って宗司を追いかけ回さないでちょうだいっ!」

「み、未練がましくなんてありませんよ。私は努力して、望むべきやりがいのある仕事を求めて就職したんです。それがたまたま宗司先輩の会社だったってだけで、やましいことなんて何もありませんから」

「嘘おっしゃいっ! あなたみたいに不誠実な人間が心にもないこと言わないでっ!」

「ふ、不誠実ってひどいですね。いい加減にしてください、幸恵部長。私たちはもう先輩後輩の立場じゃないんですよ。学校を卒業してしまえば一個人同士です。いつまでも私に偉そうにできると勘違いしないでください」

 彩寧は腰が引けつつも、負けじと私を睨んできた。

 私と彩寧の視線はぶつかり、私たちの間でバチバチと火花が散った。

「彩寧が宗司の近くにいると充希が不安になるの。今すぐ会社を辞めなさい。そしてもう二度と私たちの前に姿を現わさないで」

「なんでそんなこと幸恵部長に指図されないといけないんですか? 何様のつもりです? 私は辞めません。せっかく入社できたのに辞めるわけないじゃないですか」

「宗司は充希と結婚しているの。二人はもう夫婦なのよ。あなたが入り込む余地なんてないんだから諦めなさいっ」

 私はそう詰め寄ったが、彩寧は生意気にも「ふふん」と鼻を鳴らした。

「あの二人が夫婦だなんて笑わせますね。充希に宗司先輩の妻が務まるわけないじゃないですか。充希なんてあんな面白味のない女。お父さんが大企業の社長でなかったら誰も充希になんて見向きもしませんよ」

 充希のことを馬鹿にされて私は瞬間的に怒りが爆発しそうになった。

 危うく彩寧をひっぱたいてやろうと手が出かかった程だった。

「それに充
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  • 『ふたつの鼓動が気づくまで』 双子の妊娠がわかった日に離婚届を突きつけられました   第六十二話 充希への恨み(side:彩寧)

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